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【映画感想】 白田悠太監督『ブライトロード303号室奥田美紀様宛て』(98分/2023/日本)

 インディーシーンでクィアな映画作品を発表し続けている白田さんの最新作、『ブライトロード303号室奥田美紀様宛て』を紹介します。

 白田監督の作品を初めて拝見したのは、2021年の関西クィア映画祭(僕は当時実行委員をしておりました)。映画祭のいち企画「国内作品コンペティション」にて応募された白田さんの『みんなバカ野郎だ』、この作品が特に強く心に残り、その後も個人的に白田さんのご活動を追っていました。

 今作が初めての長編作ということで、既にいくつかの映画祭で受賞されていますが、先日「日本映像グランプリ2023」の記念上映会でようやく鑑賞の機会を得ました。結論から申し上げると、間違いなく素晴らしい作品だし、ぜひとも多くの方に見てほしい作品です。セクシュアルマイノリティの権利運動が主流化し、単なるエンタメ商業の道具としての、もしくはマジョリティに都合よくステレオタイプ化された「LGBT」の物語が増える中で、白田さんが追求する「クィア当事者によるクィアな物語」の作品、また制作への姿勢から、非常にエンパワーされましたし刺激を受けました。

 では、以下、『ブライトロード303号室奥田美紀様宛て』の紹介と感想です。

 

 

▼作品内容 ※ネタバレを含む

 コロナ禍に東京で暮らす、二人の孤独なレズビアン女性の出会いと関係性を描いたメロドラマ。

母との関係性がうまくいかず、バイトを転々としワンナイトを繰り返す春子。ヨガの教室を一人で経営するも、息子との関係がうまくいかない美紀。配達アルバイトの春子が美紀へ荷物を届けたことをきっかけに、二人は出会い、お互いへの気持ちを募らせていく。

 次第に親密な関係に発展するが、一筋縄ではいかない。美紀は、若い頃の結婚相手との間に大学生の一人息子がおり、何かと気にかけているものの、息子は自身を「レズビアンの母さんには邪魔な存在だった」と感じており、関係性は冷えてしまっている。クリスマスの日、ケーキを持って訪ねてきてくれるも、遊びにきていた春子がベットに横たわっているのをたまたま目にし激昂。美紀は強いショックを受ける。

 さらに、街中で春子とハグしているところをあるヨガ教室の生徒に目撃され、「先生はレズビアン」とのアウティングや、「生徒を盗撮している」などの誹謗中傷により、ヨガ教室を畳まざるを得なくなる。春子は美紀に寄り添おうとするが、贈ったはずの赤いマフラーを身につけていない美紀の姿を見て、「美紀は冷めた」と思い込み、二人の気持ちはすれ違ってしまう。

 しばらくして、マフラーは配達ミスだったことが判明し、二人はもう一度歩み寄ろうとする。二人は、お互いが共にいるために、それぞれ抱えた人生の課題に向き合い直すことが欠かせないと思い至る。美紀は春子とともに息子の元を訪ね、自分のセクシュアリティについて、また息子への愛情について、素直に思いの丈を語りかける。一方、春子は、「小さい頃、母親の体を同意なく触ってしまったことが断絶のきっかけ。家族と語る時間が必要だ」と打ち明ける。止まったままの人生を再び前に進めるため、春子は家族に会いに行こうと、実家のある茨城へ旅立つ。

 

▼感想

 鑑賞していてまず感じたのが、プロットの『キャロル』へのオマージュでした(全く意図されていなかったら申し訳ない…)。「一回り年の差のある二人の女性」「過去の結婚と子どもをめぐって悩みを抱える年上キャラ」「忘れ物がきっかけの出会い」「アウティングが原因で関係性が壊れ、ラストで修復される」、などの要素。僕も大好きな関係性なので、こういうシチュエーションに非常に萌え!て興奮するのですが…

 本作は、単なるオマージュに留まらない、メインストリームのエンタメ作品の限界を打ち破ろうとする強い意志を感じました。

 

 白田さんは、本作について、「エンターテイメントとして消費されることのない性的マイノリティの日常と苦悩を描いた作品を目指しました」と語っています。つまりこれは、「キャラクターの感情の論理と変遷を丁寧に掬い取ることを、プロットのキャッチーなドラマ性のために犠牲にしない」ということだと思います。

 この真摯さが最もよく発揮されているのは、まず、二人の出会いシーン。「キャロル」では、テレーズの職場(デパート)を訪れたキャロルの忘れ物を届けるため、テレーズはプレゼント配達の住所をもとにコンタクトを図ります。その後の二人の関係性の展開は非常に感動的なのですが、ふと思うのは、「いや、上手くいってるからいいけど、相手が嫌がってたら普通にストーカーやぞ……??」 一方、『ブライトロード303号室奥田美紀様宛て』では、二人の関係性のきっかけは配達業務ではあるものの、仕事中上司からのセクシュアルハラスメントや、春子の慎重な性格を描くことで、業務で得た情報をプライベートに利用することの危うさに釘を刺しています。

 また、二人が関係性を深めていくまでのやりとりも印象深い。美紀は春子に比べ、圧倒的な人生の経験値を重ねており、恋愛関係を結んだ場合に当然、二人の間には大きな権力差が生まれうる可能性があります。春子に口説かれても躊躇してしまう美紀の優柔不断さには、二人の物語をウケる紋切り型のプロットに押し込めないぞという気概を感じました。

 

 さて、『ブライトロード303号室奥田美紀様宛て』成功しているものをもう一つ紹介します。それは、「創作において、物語のミッドポイントに『アウティング』を位置付けることの危険性にどう向き合うのか」という問いです。

 セクシュアルマイノリティのキャラクターを主眼に置いた作品は、「アウティング」をきっかけに物語が大きく動いていくものが多数あります。確かに、残念ながら我々が生きているこの地獄のような世界では、アウティングをきっかけに命を奪われたり、職を失ったり、集団からパージされたり、そういった「悲劇」が多く起きていますし、間違いなく取り組まなくてはならない課題でもあります。

 とはいえ、セクシュアリマイノリティーの人間にとって、必ずしも人生のターニングポイントの大多数が「アウティング」をきっかけにするわけではありません。それなのになぜ、多くのセクシュアルマイノリティーのドラマ作品は、悲劇に直面した主人公の立ち振る舞いにばかり注目してしまうのか。そこには間違いなく、マジョリティがセクマイの生に対して非常に低い解像度しか持っていないこと、特権を問われないまま安心して消費できる可哀想な物語しか歓迎しない態度など、様々な問題が孕んでいます。

 白田監督は、これまでの作品でも一貫して「アウティング」を描こうと試行錯誤されています。(全く的外れな発言でしたら本当に申し訳ないのですが、)ある意味で「執着」と言えるほど真摯な取り組み様は、ご自身のご経験を再構築・再解釈したいという強い意志を感じさせます。きっと、白田監督自身がこれまでの人生を振り返り、この先の人生の舵取りを考える時、避けては通れない課題なのだと思います。

 『ブライトロード303号室奥田美紀様宛て』において、生徒が美紀に対して犯したアウティングは、物語の構成全体にとって非常に重要な位置付けなのですが、その際、美紀はただしおらしく打ちのめされるのではなく、力強く「あんたが壊しているのは人の人生なのよ(すみません、原文ママは忘れてしまいました)」と叫びます。このセリフと演技の自然さに僕も強く共鳴し、思わず号泣してしまったのですが、このシーンには、「絶対に悲劇を単なるエンタメとして消費させない、お前(社会)が自分をどれだけ傷つけ追い詰めてきたのか、思い知ってほしい」という怒りが込められていました。

 

 それから、もう一つ個人的な推しポイント。白田さんが関西クィア映画祭に出品されたのは「国内コンペティション」の2回目だったのですが、1回目のコンペでグランプリを受賞された、稲津勝友さんという監督がいます。稲津監督も、自分自身の魂を徹底的に追求する非常に心揺さぶられる作品を制作される素晴らしい作り手なのですが、どうやらお二人はたびたび一緒に制作されているようで。ニュースの街録に参加されていたらしく、「声の出演」クレジットでお名前を拝見した瞬間、確実に日本の映像業界にも革命が起きつつあると感じ、胸が熱くなりました。

 

 監督メッセージによると、メインの役者さん4人と即興演技や対話を通じて脚本を練っていったということで、しかも、その役者さんたちの中には、白田監督の作品に何度も出演されている方もいます。作品そのものだけではなく制作の現場にも大変興味を掻き立てられました。某映画祭では、某審査員が「白田監督はLGBTQネタじゃなくてもいいもの作れるだろうし色々挑戦してほしい云々」などとコメントされていましたが、僕としては今後もっともっと作品を通じて白田監督という人を知りたいし、セクシュアルマイノリティー当事者が人生を見つめ直す勇気をもらえるような素晴らしい作品を作り続けてほしい、と思っています(これは某審査員への悪口です)。

 

★白田悠太監督 Twitterhttps://twitter.com/hakutayuta Youtubehttps://www.youtube.com/@user-eg6jy6pv6w